亀田街道概要: 亀田街道は江戸時代に整備され、久保田藩の刈和野から亀田までを呼んでいます。特に川大内街道の脇街道にあたり、数回参勤交代に使われた為、「殿様街道」などと呼ばれていたようでが、実際は海産物などの運搬や旅行者などが多く利用していたようです。その為、宿場町などのあまり大きな町は見かけず静かな町並みを持った集落が点在しています。又、亀田藩、久保田藩、矢島藩の3藩の境界線が入りみだり、境界争いが絶えない場所で、道自体が境界線と同等の役割をもっていた為、両側に側溝を設け間違って道からはみ出ないような工夫が見られます。又、途中、旧軍隊が演習で利用した遺構や、現在の道路と重ならない部分も多く街道の旧態がそのまま残っている所もあり、大仙市の指定史跡になっています。現在は住民の方々が草刈などの管理を行い毎年8月下旬に亀田街道まつりを開催し、当時の大名行列を模し、当時を偲んでいます。
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