亀田街道

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亀田街道
亀田街道

概要・歴史・観光・見所
亀田街道概要: 亀田街道は江戸時代に整備され、久保田藩の刈和野から亀田までを呼んでいます。特に川大内街道の脇街道にあたり、数回参勤交代に使われた為、「殿様街道」などと呼ばれていたようでが、実際は海産物などの運搬や旅行者などが多く利用していたようです。その為、宿場町などのあまり大きな町は見かけず静かな町並みを持った集落が点在しています。又、亀田藩、久保田藩、矢島藩の3藩の境界線が入りみだり、境界争いが絶えない場所で、道自体が境界線と同等の役割をもっていた為、両側に側溝を設け間違って道からはみ出ないような工夫が見られます。又、途中、旧軍隊が演習で利用した遺構や、現在の道路と重ならない部分も多く街道の旧態がそのまま残っている所もあり、大仙市の指定史跡になっています。現在は住民の方々が草刈などの管理を行い毎年8月下旬に亀田街道まつりを開催し、当時の大名行列を模し、当時を偲んでいます。
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刈和野宿(大仙市): 刈和野村刈和野は江戸時代は羽州街道の宿駅の1つだけでなく、岩城亀田藩とも藩境を接することからも軍事的拠点の意味合いが強い町です。陣屋が配置され、50人の足軽が駐屯し、30戸の武家屋敷があったそうです。現在では武家屋敷こそは残っていませんが、町割りはあまり変化なく、敷地の境界である植栽が当時の雰囲気を伝えています。又、近郊には旧小山田家住宅(樅峰苑)や旧大友家住宅などの農家住宅が残っています。
観光・旅行・見所 :町並み・旧武家町・浮島神社・旧小山田家住宅・旧大友家住宅 など
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北野目集落(大仙市): 北野目集落羽州街道の宿駅で陣屋があった刈和野から雄物川を渡ると北野目集落に着きます。その位置は雄物川の氾濫などで数回変わったそうです。集落のは入り口は満勝寺があり、最後尾には地蔵堂や庚申塔があります。静かな町並みで店舗などは少く、町屋形式の建物が少なく農家系が多い為密度感が薄い町並みになっています。主要道が集落の脇を通った為車はほとんど通らず街道際は植栽で仕切る家が多く気持ちのいい感じになっています。
観光・旅行・見所 :町並み・満勝寺・地蔵堂・北野目神明社 など
亀田街道
旧亀田街道: 旧亀田街道旧亀田街道は久保田藩の刈和野から亀田を経て松ケ崎まで続く街道です。現在でも大沢郷付近の保存状態が非常によく、1km以上も2mほどの窪道が続き旧西仙北町指定史跡となっています。旧亀田街道は久保田藩と亀田藩、矢島藩と藩境を接している為、藩境争いが絶えませんでした。その為、街道部分が廻りの土地より低くし、他の藩内に間違って侵入しないようにしていました。そのような形状も今日でもはっきりと確認する事が出来ます。
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大沢郷宿集落(大仙市): 大沢郷宿大沢郷宿集落は正確にいうと亀田街道沿いの集落とは言えません。江戸時代、大沢郷宿は矢島藩の飛地として代官がこの地治めていて、その為旧街道に上坂番所が設けられ大沢郷宿へ行く道は管理されていました。その為か集落が独自で発展した形跡もあり、当時はかなり町屋などの建物があったと思います。現在でも古い建物は少ないですが数店の店舗が継続していて当時の名残があります。又、雄清水を始め水場が数箇所あり湧水の豊富な土地柄です。
観光・旅行・見所 :町並み・本多上野介正純配所跡・清七塚・雄清水・雌清水・水場・山神社 など
亀田街道
杉山田集落(大仙市): 杉山田集落矢島藩の天領だった大沢郷宿を過ぎると杉山田集落に入ります。実際の亀田街道は集落内部には入っていなかったようです。杉山田集落は亀田街道の他に強首集落などへ行く道も開けており交通の結束点だったと思われます。数店の店舗がそれらの名残でしょうか。道路沿いには植栽が大きく育ちかなり気持ちの良い町並みになっています。集落の道沿いには数件の茅葺屋根の農家があり当時の姿を留めています。
観光・旅行・見所 :町並み・月山神社・福聚寺・供養塔 など
亀田街道
正手沢集落(大仙市): 正手沢正手沢集落は特に街道沿いの町並みを有していると言うわけではありませんが、最近まで茅葺屋根が多い地域だったようです。屋根は瓦などに改修されていますが農家建築が数棟あり当時の雰囲気を十分に伝えています。集落の周囲はあまり高くはありませんが山に囲まれて集落の独立を保っています。集落の手前に庚申塔がありその脇に古道のようなものがあることから街道は集落の内部を通っていなかったかも知れません。
観光・旅行・見所 :町並み・今木神社・庚申塔 など
高尾山へ  ●  亀田街道  亀田街道  亀田街道   ● 新波集落へ 亀田街道
萱ヶ沢集落(秋田市): 萱ヶ沢集落正手沢集落から峠を越えると萱ケ沢集落に入ります。亀田街道は萱ヶ沢集落で由利長根、新沢コースと新波、高尾山コースの2つの道へ分かれます。その為か、数軒の店舗もあり周辺では中心的な役割があったような感じがします。数回しか参勤交代には使われませんでしたが宿場的機能を果していたと思われます。旧雄和町指定文化財である萱ヶ沢番楽が伝わる独自な文化があったのかも知れません。街道沿いはほとんど古い建物がありませんが静かな町並みが続きます。
観光・旅行・見所 :萱ヶ沢番楽・鷲泉寺・日枝神社・お地蔵様・共同井戸・萱ヶ沢館跡・由利長根 など
亀田街道
中俣集落(由利本荘市): 中俣集落萱ヶ沢集落から「由利長根」を越えると中俣集落に着きます。ここで旧亀田街道と新波に抜ける道と合流します。少し進むと旧南外村の楢岡へ行く道との追分があります。このように中俣集落は街道の結束点として重要視されていたようで道しるべも残されています。現在では家屋が少なくなり道路が拡幅されたせいか旧街道の面影はほとんどありません。鳶ヶ台に抜ける道との交差点に酒屋さんがあるのは、元々が茶屋だった名残でしょうか?
観光・旅行・見所 :神社・地蔵堂 など
亀田街道
高尾集落(由利本荘市): 高尾集落中俣集落から亀田街道沿いに進むと高尾集落へ入ります。県道のルートが変更したのか高尾集落内部に町並みとして流れのようなものが、あまり見受けられません。元々の街道も集落とは若干ずれていたようです。古い建物は少なく、過疎化が原因なのか家屋も少なくなっているような気がします。高尾集落は川大内街道沿いにある長坂集落へ通じる道よの追分にもなっていて、道しるべも残されています。
観光・旅行・見所 :高尾金峰神社・興昌寺 など
羽州浜街道へ  ●  亀田街道  亀田街道  亀田街道   ● 川大内街道へ 亀田街道
新沢集落(由利本荘市): 新沢集落新沢村は羽州浜街道の亀田コースだけではなく、岩城亀田藩の参勤交代に使われた亀田街道や川大内街道への分岐点でした。岩城亀田藩では1つの拠点として重要視していたようです。古い町並みこそは残っていませんが、雰囲気は十分伝わってきます。新沢八幡神社には、高尾番楽や古式(一説では650年?)にのっとった神輿行列が行われ、中世から開かれた所だったことが現在で受け継がれています。
観光・旅行・見所 :新沢八幡神社・地蔵堂・お地蔵様・駒泣峠・道路元標 など
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上蛇田集落(由利本荘市): 上蛇田集落亀田城下から愛宕町を通り下ってくると上蛇田集落に入ります。駒泣峠入り口には社や庚申塔などあり集落への結界を張っています。町並みは町屋などの建物は無いのですが、落ち着いた建物が連続してし、のどかな山村の風景が広がりとてもなつかしく心地良い感じがします。上蛇田集落はあまり大きな集落ではありませんが八幡神社や龍王寺などの建物もあり亀田街道の歴史を語っています。
観光・旅行・見所 :龍王寺・神明社・地蔵堂 など
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亀田城下(由利本荘市): 亀田城下亀田は由利十二頭の1人赤尾津氏の本拠で、近世になると岩城家2万石の城下町とし栄えた町です。現在でも数軒の町屋が残り、町割りも比較的城下町の雰囲気が残っています。しかし、近年は道路の新設や建物の建て替えなどにより雰囲気もどんどん失われつつある感じがすします。龍門寺や妙慶寺を初めとするお寺や熊野神社、衣川沿いの風景など亀田という町はとても多くの財産をもっていてまだまだ魅力的な町と言えます。
観光・旅行・見所 :龍門寺・妙慶寺・熊野神社・稲荷神社・亀田陣屋・天鷺城・西円寺・太平寺 など
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松ヶ崎集落(由利本荘市): 松ヶ崎集落松ヶ崎集落は羽州浜街道と亀田街道の分基点として、又、岩城亀田藩の外港としても発展しました。古い建物は少なく、道路も拡幅されています。ただ、ほとんどの建物が街道沿いに接して建ていて、海沿いの建物らしく、黒の瓦屋根が非常に多い為、旧街道の雰囲気はあります。海側の敷地には、風雪に耐える為、竹や廃材などを高く組みあげ、日本海沿岸の独特な景観を作り出しています。
観光・旅行・見所 :八幡神社・光禅寺・お地蔵様・町並み など
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