刈和野街道(刈和野〜角館)

羽州街道
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刈和野街道
羽州街道

概要・歴史・観光・見所
刈和野街道概要: 刈和野街道は刈和野と角館を結ぶ街道です。天和元年(1681)に記された「領中大小道程帳」には5つの一里塚が整備されていたようで早くから開発されていたようです。刈和野は羽州街道で本陣や代官所が置かれ、給人(武士)が配置され、亀田街道の基点や雄物川の舟運として経済的にもた重要拠点の1つでした。又、角館も佐竹北家が配置された北浦地方の重要地であった為、往来が多い街道でした。しかし、距離的には近かった為か中間の集落は宿場として大きく発展した所は少なかったようです。このように戦略的にも重要だった刈和野街道は戊辰戦争の祭は激戦区の1つとなりました。
平和街道
刈和野宿(大仙市): 刈和野村刈和野は江戸時代は羽州街道の宿駅の1つだけでなく、岩城亀田藩とも藩境を接することからも軍事的拠点の意味合いが強い町です。陣屋が配置され、50人の足軽が駐屯し、30戸の武家屋敷があったそうです。現在では武家屋敷こそは残っていませんが、町割りはあまり変化なく、敷地の境界である植栽が当時の雰囲気を伝えています。又、近郊には旧小山田家住宅(樅峰苑)や旧大友家住宅などの農家住宅が残っています。
平和街道
土川集落(大仙市): 土川集落刈和野を出ると土川集落へ付きます。土川集落は中世、黒沢城があった場所で戸沢氏の拠点の1つとして重要視されていました。江戸時代に入ると刈和野街道の整備も進み一里塚なども設置されました。又、宝泉寺の創建は大同年代とも言われていますので早くから開けていた地域だったのかも知れません。現在では主要幹線から外れている為、交通量も少なく静かな街並みが続いています。
平和街道
小杉山集落(大仙市): 小杉山集落現在の小杉山集落は静かで落ち着きのある街並みです。町屋などの建物はありませんが、茅葺の建物もありかなり風情があります。白山神社の前身である十一面観音堂と円満寺は神仏混交で共に大同2年(807)に坂上田村麻呂が創建したとの伝承が伝わっています。十一面観音堂の信仰は広く、当時は刈和野や角館からも参拝者があったそうで、円満寺も秋田33観音札所に数えられ、江戸時代には菅江真澄も訪れています。
繋街道
雲然集落(大仙市): 雲然集落雲然集落は角館から玉川を渡るとすぐの集落で協和の境から分岐した繋街道との合流地点として発展してきました。その為、中世では田中館が築かれ角館侵攻の最終防衛ラインとして重要視されていた場所です。荒屋敷地区では「イタヤ細工」の伝統を受け継ぐ地域で、秋田県内では太平の黒沢集落など数少ないうちの一つとされています。鎮守である八幡神社には八幡太郎義家の伝承をもち、地名である「雲然」にも興味があるところです。
小安街道小安街道 小安街道  ● 繋街道へ
角館城下(仙北市): 角館角館は南部藩に近く生保内街道と阿仁街道の分岐点としての交通の要所です。この北浦地方を治めるには有利な場所で中世では戸沢氏の本城が築かれていました。江戸時代に入ってもその重要性は落ちず、芦名家、佐竹北家が陣屋を構えました。又、角館町は武家屋敷群中心に昔の風情が良く残り、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されており、「小京都」と呼ばれる代表的な町です。
川大内街道 阿仁街道へ  ●  川大内街道  川大内街道  川大内街道   ● 角館街道へ
生保内街道へ
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