七ヶ宿街道(楢下宿〜桑折宿)

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七ヶ宿街道(羽州街道)概要
七ヶ宿街道(羽州街道)概要: 七ヶ宿街道(羽州街道)七ヶ宿街道は楢下宿と桑折宿を繋ぐ街道で、この区間の羽州街道の別称です。仙台藩領内に設置された上戸沢宿、下戸沢宿、渡瀬宿、関宿、滑津宿、峠田宿、湯原宿の7つの宿場町があった事から七ヶ宿街道と呼ばれるようになりました。七ヶ宿街道では北から、弘前藩(青森県弘前市)、黒石藩(弘前藩の支藩:青森県黒石市)、久保田藩(秋田県秋田市)、亀田藩(秋田県由利本荘市岩城町亀田)、本荘藩(秋田県由利本荘市)、矢島藩(秋田県由利本荘市矢島町)、庄内藩(山形県鶴岡市)、松山藩(庄内藩支藩:山形県酒田市松山町)、新庄藩(山形県新庄市)、長瀞藩(山形県東根市長瀞)、天童藩(山形県天童市)、山形藩(山形県山形市)、上山藩(山形県上山市)、以上13藩の大名が参勤交代に利用し、戦国時代には三春城の城主田村清顕の娘である愛姫を米沢城の城主、伊達輝宗の嫡男政宗に輿入れ、江戸時代初期には紫衣事件に連座し上山城に流された沢庵和尚の旅路、江戸時代中期以降は出羽三山への参詣への信仰の道となりました。特に湯殿山信仰で利用した人が目立ち、各宿場の宿帳には多くの参拝者の名前が記載されています。

七ヶ宿街道の宿場町: 七ヶ宿街道(羽州街道)七ヶ宿街道の宿場町である湯原宿は仙台藩と上山藩の藩境に位置していた為、湯原御番所が設けられ人馬や物資、武具などが厳重に取り締まられていました。寛文年間(1661〜1681年)以降は仙台藩の産物を他藩に持ち出す場合や、逆に他藩から持ち込む場合は許可制を取った為、御番所で役金を徴収や許可証の発布などを行いました。滑津宿では本陣が設けられ江戸初期から天保年間(1830〜1844年)頃までは桜井家、それ以降は安藤家が本陣職を務め、現在でも街道沿いには茅葺屋根の主屋が残され七ヶ宿街道唯一の本陣の遺構として異彩を放っています。上戸沢宿は仙台藩と他藩(時代によって天領や会津藩、米沢藩、福島藩、桑折藩)との藩境に隣接していた為、湯原宿同様に御番所が設けられていました。御番所には堀や木柵が設けられ、施設内部に入らなければ行き来出来ない構造をとっていて100石以上の藩役人(御境横目)によって厳重に管理されていました。

七ヶ宿街道の見所: 七ヶ宿街道(羽州街道)七ヶ宿街道には桑折宿と小坂宿の間に小坂峠(標高:441m:国見町史跡)、楢下宿と千蒲宿(間宿)の間に金山峠(標高:623m:国指定史跡)、渡瀬宿と下戸沢宿の間に江志峠と3つの峠があり、その頂にはそれぞれ不動明王が祀られ道中安全を祈願するのが常とされました。小坂峠にある峠の不動堂は佐竹氏が寄進したと伝わる小堂で、金山峠の不動堂も佐竹氏が寄進したものでしたが現在は朽ちて小さな石祠が建立されています。江志峠には通称「飛不動」と呼ばれ、本尊である不動明王は火事や地震で御堂に被害があると自ら飛び出し身を守ると云われています。七ヶ宿街道は明治以降は主要幹線から外れた為、羽州街道の中では比較的町並みが残されている宿場町が多く、山中では街道が当時のまま残され振袖地蔵や鏡清水、鹿園山東光寺、滑津大滝、安藤家本陣などの史跡が点在しています。「七ヶ宿街道」は昭和61年(1986)に「道の日」を記念して全国の特色ある優れた道路を100箇所が選ばれた「日本の道100選」に選定されています。

矢立峠〜金光寺 矢印 金光寺〜大久保 矢印 大久保〜神宮寺 矢印 神宮寺〜院内関所 矢印
矢印 院内関所〜楢下宿 矢印 楢下宿〜桑折宿 矢印 奥州街道

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