豊岡集落 |
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金光寺
豊岡
森岳・鹿渡
鯉川
天瀬川
真坂・夜叉袋
一日市
浜井川
大久保
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三種町豊岡集落概要: 豊岡は羽州街道の宿駅の1つです。豊岡に近接する金光寺には大間越街道との追分(分岐点)がありました。豊岡は元々は森丘村の寄郷でしたが宿駅を森丘村と半々とし、津軽藩主の本陣を置くなどして親郷になったそうです。現在は豊岡集落中心部には車の交通量も少なく、落ち着いた町並みが続きます。旧羽州街道沿いには儀右衛門公園、その奥には豊岡神明社が集落の行く末を見守っています。
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豊岡神明社 |
豊岡神明社は豊岡集落の鎮守です。羽州街道からは直接は見えず、儀右衛門公園の脇の道を入り住宅街の中にあります。創建は慶安四年(1651)と云われ、天照大神などが祀られています。参道にはモミや杉の巨木が立ち並んでいてかなりいい雰囲気があります。その中でも最大の樹木は推定樹齢300年のモミの木で胸高周4.7mで旧森吉町最大を誇ります。社殿の建てられた年代は分かりませんが、かなり素朴で親しみ易い神社です。境内社や庚申塔などもあり集落内の信仰の厚さを感じます。
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儀右衛門公園 |
儀右衛門公園は豊岡集落の中央にあり農村公園として整備されています。街道沿いの中でもひと際大きな樹木が目立ち、津軽藩の本陣跡とも言われています。信太儀右衛門家は明治天皇御休所にもなり公園には石碑も立っています。
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板碑・経塚 |
豊岡集落に入る前の飛坂の途中に板碑と経塚があります。案内板によると板碑には「板碑とは板状の碑に梵字を刻み身分の高い人や金持ちの人の墓標として作られた。ここの板碑は応永年代(1400年ころ)のものである。」とあります。又、経塚には「経石7万個、小石1個に経文1字を書き塚下約1メートルの土中に埋めその上に塚をたてたもの明和2年(1765年)池内益族建立と伝えられている。」とあります。
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