八郎潟町: 一日市

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一日市
一日市集落
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八郎潟町一日市集落概要: 一日市村(現八郎潟町)は寛文2年(1662)に「宿場」と「御伝馬所」を設置し、蒲沼村と押切村と併合して羽州街道の宿駅とになりました。大火があった為か道路を拡幅した為かは解りませんがほとんど古い町屋などの建物もなく羽州街道の宿駅の雰囲気はありません。中世から受け継がれていると思われる「一日市盆踊り」は秋田3大盆踊りと云われ、この地域周辺の中心地らしい、盛大な盆踊りです。
一日市神社
 一日市神社一日市神社は集落全体の鎮守です。大正4年(1929)に村社だった諏訪神社に各町内の無各社等7つの神社を合祀して一日市神社としました。その為、町内全体が氏子となり神社を支えています。祭典は例年5月5日で「願人踊」という一風変わった踊りが神社に奉納されます。由緒は諸説あって、一般的には願人とは、山伏、修験者のことで伊勢や熊野信仰を普及する為、村回りの芸人として当地にも訪れ継承されたのではないかと云われています。250年以上の歴史があり、秋田県無形民俗文化財に指定されています。
清源寺
 清源寺清源寺の創建は天正12年(1584)に安東実季が副川城主でこの一帯を支配した三浦盛季を攻め滅ばした為、その供養として開いたのが始まりとされています。当初は中国の禅宗の祖、青原行思の衣鉢を継いだ石頭希遷の名からとって「石頭院」と命名されていました。しかし、江戸時代に入り佐竹義宣から進言され「青原寺」とし、さらに火災が多かった事から「清源寺」に改名しました。明治時代には明治天皇の東北巡行の際ご宿泊されたこともあり境内に記念碑がたっています。
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