陸前浜街道

羽州街道
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陸前浜街道概要
陸前浜街道概要: 関田宿は陸奥国と下野国(現在の栃木県)の国境に位置し奥州三関に数えられた勿来関が設けられていました。勿来関の位置に付いては諸説あり現在も確定されていませんが、歌枕「なこそ」として多くの歌で詠まれており、能因による「能因歌枕」や西山宗因による「宗因奥州紀行巻」、吉田松陰による「東北遊日記抄」などの書物や記録、日記などにも度々記載されています。いわき湯本温泉(佐波古湯→三箱の湯→湯本温泉)は奈良時代に傷を負った鶴を温泉水で治療した老夫婦が開いたと伝わる名湯で鎌倉時代には、信濃御湯(現在の別所温泉)、名取御湯(現在の秋保温泉)ともに三御湯に数えられました。又、白水阿弥陀堂(国宝)などにも程近く、古くから開けていた地域だったと思われます。平宿は平藩の藩庁と藩主の居館が設けられた平城の城下町で、当地域では最大の石高を誇り町も発達しました。又、奥州街道に繋がる棚倉街道への分岐点でもあり交通の要衝として多くの物資や行き交う人々が集まりました。小高宿は中世、相馬家の居城だった小高城の城下町として発展した町で慶長16年(1611)に相馬利胤が相馬中村城に居城を移した後も代官所が設けられ行政的、軍事的拠点としての機能が残されました。中村宿は中村藩の藩庁と藩主の居館が設けられた中村城の城下町、藩都として発展しました。駒ヶ嶺宿は中村藩(相馬藩)と仙台藩(伊達藩)との藩境近くにある宿場で駒ヶ嶺境目番所が設けられ人物改めや荷改めなどが厳重に管理されました。新地宿は仙台藩の谷地小屋要害が設けられ要害に勤めた家臣達居住区と陸前浜街道沿いの町人町とで構成されていました。

陸前浜街道(福島県)の宿場町
新地宿(新地要害町)−駒ヶ嶺宿−黒木宿−中村宿(中村城下)−鹿島宿−原町宿−
小高宿(代官町)−高野宿−長塚宿−新山宿−熊川宿−富岡宿−木戸宿−広野宿−
久之浜宿−四倉宿−平宿(平城下)−湯本宿(いわき湯本温泉)−渡部宿−植田宿−
関田宿


陸前浜街道1
陸前浜街道
坂元城下(山本町)
陸前浜街道
新地城下(新地町)
陸前浜街道
中村城下(相馬市)
陸前浜街道
鹿島宿(南相馬市)
陸前浜街道
原町(南相馬市)
陸前浜街道
小高宿(南相馬市)
陸前浜街道
平城下(いわき市)
白水阿弥陀堂  白水阿弥陀堂  白水阿弥陀堂 白水阿弥陀堂
いわき湯本温泉
陸前浜街道
勿来関
陸前浜街道
陸前浜街道3
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