×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

 陸前浜街道: 小高宿(南相馬市)

    羽州街道(ホーム)>陸前浜街道>小高宿(南相馬市)

小高宿
小高宿(南相馬市)
[ 付近地図: 福島県南相馬市 ]・[ 南相馬市:歴史・観光・見所 ]
小高宿(南相馬市) 小高宿(南相馬市) 小高宿(南相馬市) 小高宿(南相馬市)
小高宿(南相馬市)・歴史・観光・見所
小高宿(南相馬市)概要: 小高は中世、相馬氏の本拠となった所で周囲には相馬氏縁の史跡が点在しています。小高城(福島県指定史跡)は南北朝時代に南朝方である北畠顕家の配下によって築かれた城で延元2年(1337)に相馬義胤により奪取されると長く相馬家の居城として機能しました。慶長5年(1600)の関が原の戦いでは関係が深い佐竹氏に同調し曖昧な態度を取った為、一時改易となりましたが、伊達政宗の口添えなどにより旧領に復帰しました。しかし、近代的な領土経営をするには小高城は手狭だった為、慶長16年(1611)に相馬利胤が相馬の中村城を築いて改めて中村藩を立藩し、藩庁と藩主居館を移しました。小高城は廃城になりましたが、小高の重要性は維持され、城跡には代官所が置かれ小高周辺の中心地として機能しました。本丸跡には中村神社太田神社と共に相馬三妙見社とされる小高神社が勧請され、麓には相馬氏累代の菩提寺である同慶寺(南相馬市指定史跡)があります。陸前浜街道が整備されると本陣なども整備され経済的にも発展し多くの商人も居を構えるようになります。現在の小高は店舗の近代化や道路の拡幅で古い町並みはあまり見られませんが時折、見せる土蔵の店蔵が当時の繁栄を忍ばせてくれます。
羽州街道(ホーム)

スポンサーサイト


 
 ※ 相談や質問は大変失礼ですが、メールのみとさせていただきます。 回答によって不都合や不利益をこうむっても当サイトは一切責任を負いません。又、回答を直接的(当サイトの名前を使って)に交渉や請求の手段とすることはご遠慮くださるようお願い申し上げます。 予告なしに追加、書き替えを行いますのでご了承ください。尚、「福島県の町並みと歴史建築」は「福島県の歴史」、「奥州街道」、「郷土資料辞典−福島県」、「日本の城下町−東北(二)」、「パンフレット」、「案内板」、「関係HP」、「歴史道路報告書」、を参考にさせていただいています。